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 仏壇・仏具・お洗濯・修理・移動・処分は
 創業160年の藤井佛檀へ
         

TEL. 058-263-0322

〒500-8042 岐阜県岐阜市末広町89


創業安政二年 藤井佛檀は、創業から160年の歴史の仏壇・仏具の専門店です

お客様の喜びを私の喜びとしたい

  • 当店ではフロアごとに一階は主に本願寺派向きの金仏壇、二階は大仏間用の仏壇、三階は禅宗系の唐木佛檀、小さめの上置き仏壇、現代的な家具調仏壇などお客様のご希望に沿ったお仏壇を常時100本以上揃えております。
    伝統の品質の厳選されたお仏壇をぜひ一度ご覧になってください。
    また別注お仏壇や改造のご希望などあらゆる注文にも対応させて頂きます。
    お仏壇の事を知り尽くした六代目社長がお客様の様々なご相談を親身になってお受けします。


六代目社長 藤井進


七代目長男 進一


次男 明夫

技と心を伝え六代「本物の仏壇を後世に」新着

安政二年(1855年)初代源八は、彦根で井伊家の大工をつとめるかたわら仏壇を作り、天秤棒でかついで行商して歩いた。その頃、岐阜はまだ仏壇が少なく、しかも浄土宗、浄土真宗といった仏壇を大切にする宗派の信者が多い事を知った源八は、三十代で思い切って移住してきた。源八は、商売も上手だったがあくまでも職人だった。中途半端な妥協を許さずきっちりした仏壇を造っていたので評判だった。
二代目熊吉も父親ゆずりの器用さで益々立派な仏壇を造り、店は繁盛していった。
三代目源太郎は、親分肌で職人が三十人も集まり繁盛したが、明治二十四年の濃尾大震災で町も店も崩壊してしまった。だが「日頃のご恩返し」とばかりに職人たちが五日間で店を再建、町の人々は目を見張ったという。そんな三代目も借金を残し六十歳で世を去った。
四代目栄次郎は、その借金返済のため職人を半分に減らし、堅実に黙々と仕事に励み、子供がいなかったので実妹の孫純一を養子に迎えた。
純一は、二十五歳で五代目栄次郎を名乗り家を継いだものの、戦争で二度も兵役を務め、戦後は材料、職人、買い手もなく苦労した。やっと朝鮮動乱の頃から軌道に乗り始め、六代目進に伝統ある仏壇職人の技と心を教えながら六十九歳で世を去った。
現在六代目藤井進は、そんな父親の苦労と温かい心を思いやりながら「私の店は老舗。伝統を生かした本物を後世に残したい。」という父親の言葉を噛みしめて仕事に励んでいる。


職人の仕事場の様子


明治三十年、仏壇の技術大会の賞状。褒状一等と記してあります。


大正四年、仏壇の技術大会の賞状。三等賞銅碑と記してあります。

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